私の/夜中の考えごと

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双極性障害(Ⅱ型)の治療ログ|診断が下りて一年が経った

産後うつかと思いきや双極性障害(Ⅱ型)でした。というわけで治療開始してもう1年になりました

気分障害の当事者がつらつらと書き連ねる治療の感想になります。

障害の乗り越え方や治療の進め方についての情報はありません。障害についてお知りになりたい方は、厚労省の情報をご参照ください。

www.mhlw.go.jp

また、何よりもかかりやすい精神科を受診し、お医者様とよくお話しになることと考えます。

拙ブログは雑記ブログです。双極性障害Ⅱ型については 双極性障害II型 カテゴリーの記事一覧 - 夜中の考え事 にまとまっております。

 

症状の安定

だいぶ障害受容も進み、日頃の葛藤もなくなってきて、もう双極性障害についてお話しすることは少なくなるかもしれません。

6s-adviser.hatenadiary.jp

予想の通り、お話しすることがもうないのでした。

ただ、「一年が経ったな」という思いを書いていきます。

 

通院日当日の思い

 

当たり前のことながら、すべては過去になっていくわけでして、双極性障害Ⅱ型の診断を受け、しばらく「自分が障害者であったこと」に動揺していました。

しかし、

美しい景色の中、遊びまわる子どもを見ても「しにたい」としか思えなかったあの日の自分はただ病気だったということ。

病気なのだから、医薬の力をかりて、症状は必ず安定させることができる、ということ。

「妻が障害者だった」ということを動揺もせずに受け止めた夫。

まだまだ手はかかるけど、日に日に成長する娘たち。

育児と障害を並走し、その経験から私の悩みに寄り添ってくださる、双極アカウントのフォロワーさんたち。

 

診断が下り、双極性障害Ⅱ型患者であると分かったから広がった世界がありました。

 

私は何度もしにたいと思っていました。

だけど、今も生きている。命を繋いだ。気づかないうちに、自分の障害を幾度も越えていた。

そうやって出会えた大事な人たちと、今度は自分が障害を持っているという認識とともに生きることができるようになりました。

 

「それでいいや」

 

至ってライトに、全てを受け入れることができました。

 

水底に何かを見つけるような鬱の時期もあるし、

その見つけた何かを文章にして、世界に広げられる軽躁の時期もあって、

 

その二つの極が結局「自分」なんだな、と気づくことができました。

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                             --- 鈴りんさんによる写真ACからの写真

 

精神科に通い始めて以降、A5サイズのノートに治療歴や日々の変動を書き留めているのですが、その最初のページには「娘たちを笑顔で送り出せますように」と書いています。

 

その時は、自分は希死念慮に囚われ明日にもしぬかもしれないと思っていたので、生きなければならぬ、子どもたちのために、と歯を食いしばって生きる決意をしたように思います。

 

でも今となっては、もう大丈夫。

きっと彼女たちが、彼女たちが目指す方向への片道チケットを手に私に「行ってきます」という日がくる。私はそれを笑顔で見送る。その見通しが立っている。

 

いつか来るその日まで、自分で命を絶つことはない。

その日が過ぎても、生きていくだろう。

 

 

あの日の決意はもう叶いました。

 

私は「娘たちを笑顔で送り出す」と決めたし、

それは叶うことだと信じて、明日も生きていくんだと思います。