ほぼ黒ワンピース生活

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アンデシュ・ハンセン「ストレス脳」を読みました

アンデシュ・ハンセン「ストレス脳」を読んだ感想です。

 

6s-adviser.hatenadiary.jp

 

 

 

スマホ脳も良かったし、今作も勿論の目から鱗感でした

 

スマホ脳のときの気づきとしても「ヒトは1万年以上進化していない」ということ。そして高度文明化により「そういうこと」を忘れてしまったこと。この点に気づきを与える点でベストセラーたるゆえんが分かります。

だってほんと、私たちはただ「ヒトという生き物である」ということを忘れていて、

それで鬱になって苦しむ。

 

 

私の持病は双極性障害Ⅱ型で鬱の気分はもう脳みその異常です。それを医薬品で抑えたり生活を整えたりすることで平定させている。

そういうのもあり、このストレス脳では双極性障害や統合失調症の鬱に関しては触れられておらず(開始2ページで「触れない」て書いてあった)、じゃあ双極性障害の私が読んで意味あるの?と思ったが意味は大いにあった。

 

双極性障害である以前に「ヒトという生き物」だから、ストレスを脳に受けて鬱になることもないわけではない。ベーシックな鬱を克服して双極性障害の寛解にエネルギーを割きたい。読み進めた。

 

すごくギクッときたことがある。

第8章「なぜ『宿命本能』に振り回されてしまうのか」にある一節、

生物学的な見地から、不安やうつや依存症を「遺伝子や神経伝達物質の分量が正しくないせいだ」と強調すると、患者はそこから逃れられないと解釈してしまうようだ。

 ---226p

診断内容に自分自身を見出し、「私は精神状態の悪い人」と自覚するようになる。診断名がその人のアイデンティティになってしまうのだ

 ---229p

この二か所は付箋を貼りました

 

そうです、私は2019年2月に「双極性障害」の診断が下りたことで「私は双極性障害患者である」と自分を定義しました。

それはこれから先の治療を受け入れるきっかけでもあり、これまでめちゃくちゃだった人生を整えようと思ったきっかけでもあります。

だが一方で「私は双極性障害の持病があって、すぐ疲れてしまって買い物や調理もままならない。家族に申し訳ない。こんな自分で生きていたくない」と鬱に沈む言い訳にもなったのです。

(双極性障害の鬱状態は一般に言う鬱状態とは機序が違うので、言い訳とか言わずそれがそうなんだからそう思うことないんですが)

 

宿命なので、いつか深い鬱になり自死に踏み切るか、

それとも軽躁の勢いで人間関係をまためちゃくちゃにし社会的に生きていけない状態に陥り日々を泣いて暮らすか、

私はそうなって人生を終えるのだろう、と、

 

己に滅びの予言を課してしまったのです

 

でもま、

これほど快適な暮らしをしているのに精神状態が悪いのは、自分たちが生物であることを忘れているからだと思う

 ---245p

 

それな。

双極性障害の鬱と躁を繰り返すのも、環境因子が悪くて遺伝子が発現し脳内物質の分泌異常が起きて代謝異常もおこったりあれこれした結果、つまりは生物学的に正しい反応が進んだ結果、つまりつまりは「私はヒトで、そういう分泌・代謝系をもっているから」とヒトが生きておる証拠なんだ、と俯瞰できた。

 

生きてるだけで丸儲け、とか気楽な人が言うが、私自身の鬱が深いときはもうそういう言が受け入れられなくて辛かった。「こんな身体で生きていたくないのだが」と猶更深い鬱に入った。そして数年間は引きこもった。

引きこもっているうちに自分は何が好きか、誰とどう暮らしたいかがよくわかった。

あの時期に得たものは、出来たら今後も得たいと思う。かわいい雑貨屋さん、激安スーパー、自転車で行ける吉祥寺。井の頭公園、太宰治最後の地。そう、三鷹です。

ヒトとしての自分がどういうものを好むのか、よくわかった時期だった。

夜になればあまりの辛苦に過呼吸を起こしたりもしたけど、あの時期を引きこもって耐え忍び、命だけはつないだから今がある。

 

ただ生きた。生き抜いた。ただそれだけの幸運が身体を満たしている。

 

ヒトは思考力や社会性を得たから不幸にもなった。

幸せになりたいと思うのは強い願望であろうが、願望がある、ということでもって十分の正解としよう。

 

そういう気づきを得ました。

 

*

アンデシュ・ハンセン氏の著作はスマホ脳も読んだのだけど転居で処分してしまった。スマホ脳も家に一冊置いときたい書籍になったので買い戻す予定。

ほんと「ヒトであること」を忘れてしまうから、忘れそうになったときの処方箋としてもおススメしたいものでした。