Kindleで読みました。「なぜ共働きも専業もしんどいのか」中野円佳
下:私の目線で読んだ感想です。
今回の読書感想はkindleにつけたブックマークのフレーズから;
(ブログ用のメモ)
— たかえ🫧 特許を調べるひと🔍 (@tk_e) 2019年8月12日
これ読んでハイライトを入れたところを考えてみます
なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造 (PHP新書) https://t.co/w4ehNAaOS5 #Amazon pic.twitter.com/5v0H5SERvR
「そこから私たちが今子どもたちを育てている時代は、間違いなくつながっているけれど、着実に変化してきている」
「なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造 (PHP新書)」の「おわりに」にあるこの「着実に変化してきている」感覚は、私にも感じられたものでした。
「ママが〜してあげて」など、主に母親の献身を求めるワードが炎上の元となりがちなことは、男女の別を問わない「親」が育児の主体であるとする認識が深まっていることの証左です。
育児の主体が母親に限定されなくなったことは、稼ぐこと、家事をすること、それらの生活すべてが母親と父親でシェアされていっている、ということです。
盆正月によくある「男は上座で好き放題に飲み食いし、女はあくせく食事を運び、酌をし、笑顔でセクハラをかわし、水屋でヒソヒソ噂話して発散する」的な情景も、そのうち消えてなくなるでしょう。
ここ数年の夫婦のあり方は目に見えて変わりました。夫婦共々が協力しあって育児に取り組む、ということが端緒となり、家事や仕事も分担し合うこと。それも「家族の形」のひとつになりました。
子どもと出会って以降の自分を振り返って、かつては歴然としていた「男女の別」は子どもたちとの出会いをきっかけに変化していったのだ、実感として思うことです。
「いつもさまざまな出会いをくれ、どんな世界になってほしいかを常に考えさせてくれる、大事な大事な子どもたちに感謝を込めて」
私がこうも世の中を考えるようになったのは、子どもたちとの出会いがあってこそです。それは著者の中野円佳氏においても同じだったのだな、と最終章のこのフレーズを目にし共感が深かったです。
何も考えずに漫然と生きていてもそれなりに幸せに生きることはできる。しかし、子どもたちが生きる世界を考えたら、今生きる世界は最適であろうか?子どもの成長を見守る毎日には、常にその問があります。
自分の未来が暗いものであれ、と思う人はいないでしょう。できれば明るい未来を生きたいし、子どもたちが受け継ぐ未来も同じように、または更に明るい未来であれ、そう思い、願いながら日々が過ぎていきます。
- 「そこから私たちが今子どもたちを育てている時代は、間違いなくつながっているけれど、着実に変化してきている」
- 「いつもさまざまな出会いをくれ、どんな世界になってほしいかを常に考えさせてくれる、大事な大事な子どもたちに感謝を込めて」
- 今回ご紹介の書籍
長々となりました。自分自身が「共働き」から「専業」に変わってどちらのしんどさも身に深く刺さる中での読書であったこともあり、発信したい思いが大量に溢れております。
生活のスタイルを決めるに当たっては各人、各家庭の選択の結果でありますし、今後も「共働き」「専業」の間を行ったり来たりもするでしょう。
そのどちらのステータスにあっても「しんど。」と思うことのないような社会を以下に作り出していこうか、考える事のできる良書でした。
今回ご紹介の書籍
中野円佳氏のファンのみならず、昨今の労働問題に関心のある方におすすめです。