私の/夜中の考えごと

働き方や子どもとの暮らし:夜中に考えていることを書いています

子どもがモノを壊すこと

10年来の愛機、CX4が壊れまして、原因は子どもがいじったことによる落下。あぁ。

 

6s-adviser.hatenadiary.jp

生産終了品だし、RICOHでの修理対象も外れてしまっていました。ということは非公式のカメラ屋さんでの修理。直るんでしょうけど、とにかくは壊れてしまった。

壊れてしまった、ということが悲しい。

 

f:id:tk_e:20190401190228j:plain

コンデジやのにこのマクロの効きが良いところ、草木を撮りたい自分にはベストスペックだったのですよ。

 


子どもがモノを壊すこと、ままあることです。

いちいち悲しんでいたらしょうがないし、何より触られたくないものは手に届く範囲に置かなければよい。

パッと使いたくて、見えるところに出していたのが災いしました。

 

以下、子ども4歳との会話。

私ね、悲しいんだよ。大事にしてたカメラがもう使えなくなっちゃった。

「そうなんだ」

○○ちゃんは、大事なものがなくなったらどう思うかな。

「かなしい」

私は今そんな気持ちなんだ。ごめんね、しばらくひとりにさせて。

「ごめんなさい。もうしない」

もうしない、って言っても、もうモノはないんだよ。

 

もうモノはない、その現実そのままを受け止めて、無くなったモノはしょうがない。

私は目先の悲しさに浸って、事実を見ないままにしてしまっていました。

 

大事なのはこれから。

自分のこれから。子どものこれから。

カメラ自体は修理に出すか、新しいものを買うか、スマホで十分とするか、これからを考えればいい。

子どもがどうか、「モノを大事に扱う」「ひとの大事なものは特に大事に扱う」「ひとの大事なものを尊重する」そのことを胸に入れ込んでくれたら、それでお仕舞いでいいや、と。

 

 

ひとつのデジカメが壊れて「これから、」が始まった。

そんなありふれた休日のお話しでした。