私の/夜中の考えごと

働き方や子どもとの暮らし:夜中に考えていることを書いています

ちびた鉛筆の思い出

消しゴムを忘れた児童を、長い間立たせた先生がいるそうだ。不意に母のことを思い出した。

 

消しゴム忘れた児童、3時間半立たせる 体罰で教諭処分:朝日新聞デジタル

教員だった母は、ちびた鉛筆も消しゴムも大事に集めていた。いわく「忘れた子に貸すとよ」。退職後の今も捨てられず家にある。そういう教員もいる

2021/02/02 23:26 

子どもと暮らすようになり、子どもにまつわることを多く見聞きする中で、世の中には存外に発達障害とともにある人が多いと知った。子どももだし大人もだ。自分自身の困難や、子どもの感じている困難をも分析して強みと弱みを把握して解決し、社会生活と家庭生活を送っている人がこうも多いとは思わなかった。

そして「忘れ物」も、その発達障害に多く起こる事例のひとつと知った。

 

忘れ物をしたらどうするか、ということ一つとっても本人が忘れないように努力するしかないと思っていたのだが、それでは困難が困難のままあり続ける。では「忘れても大丈夫な環境を作るようにしたらいい」とする当事者の人や、それを見守る保護者の思いに共感した。

忘れ物一つとっても考え方が変わったことで他のことの見方も変わった。とりわけ、学校、特に小学校について。小学校は心身ともに成長の段階にあるのだから、とにかく鍛える・努力させるよりは「ケア」を基本とする姿勢が大事なのだと思うようになった。

というか学用品は全て学校に行けばある状態にしたら良い。いちいち自分のものを持ち帰り持っていく、その動作こそが忘れ物のもとだ。会社にいけば文房具は支給されたもんだし、忘れたからといって出先ならコンビニで買えば良い。オフィスなら総務に行けば良い。なのになんで子どもたちはあくせくと学用品を持ち運ばねばならないか。

あともう算数セットとかも個人のもんじゃなく学校のものってすりゃええやん。おはじきの一個一個に名前入れるとか狂気の沙汰。クレイジージャパンの職人芸として海外に紹介したいくらい。

その辺りの議論は長くなるのでまたいつか。

 

さて、実家に大量にあった鉛筆を思い出したんだった。

母は小学校の教員で、たいてい低学年を受けもっていたように記憶している。私はいつも保育時間ギリギリまで保育園にいて、園児みんながお迎えを待つ体育館に一人になることもあり、そうなったら職員室で待たせてもらっていた。寂しいとか思った記憶はない。母が「小学校の先生」であることは誇りだったし、母と触れ合う時間が少ないとか思ったことはなかった。愛情は受け取っていた。

母は物を捨てられない人で、どれだけ広い家に住もうとすぐ寝る場所もなくなる程度に物をため込む。それはもう、上掲の発達障害の認識にあてはめれば彼女の特性なんだと思うし、別に彼女もそれで不便はないらしい。親元を離れた今となっては些末な問題で、しかし先のこと、今はまだ予定はないけど老人施設に入居するとか、再開発で実家を取り壊すとか、その時にあの大量のモノをどうするか、は心配。それもまた別の話しだからまたいつか。

 

その母がため込んで捨てない大量の物の中に、ちびた鉛筆が結構な本数あると思う。今かぞえても100本単位であるかもしれない。お菓子の缶いっぱいに、そう長くはない鉛筆がざらざらと音を立てていた。

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「こがんいっぱいあって、どがんすると」

ある日、私は母に、こんなにいっぱいある鉛筆をどうするのか、と聞いた。

 

「家に忘れてきた子に貸すとよ」

忘れ物をした児童に貸すために、いつも多めに持っているのだと母は答えた。

 

そのときはただそれだけなのだけど、むしろモノを捨てない母にあきれていたのだけど、いまとなって母は「忘れてもいい仕組み」を作っていたのだと知った。

 

母は全国に何万といる教員の一人でしかない。けれど「どうやったって忘れ物はしてしまうのだし、忘れたことを責めるよりは手助けする方向に考えよう」とする教員は確かにいた。

発達障害の理解も薄い何十年前に母は、困難を抱える児童に寄り添っていた。

 

教員としての母を覚えている児童はどのくらいいるのだろう。おずおずと「消しゴム忘れました」「鉛筆忘れました」と母に言った児童はどれだけいるだろう。そのたびに母は缶を開け、そこに入った鉛筆や消しゴムを貸し出したのだろう。そしてそれを受け取った児童はその日の授業を受けられた。少しの恥辱もなく。

 

母の小さな寄り添いは、どれだけの人の学びを支えたのだろう。

 

小さな町の小さな小学校の教室。そこにある、ちびた鉛筆が詰まった缶。そこには子どもたちを見守る母の、ひとりの教員の気持ちも詰まっていた。