私の/夜中の考えごと

働き方や子どもとの暮らし:夜中に考えていることを書いています

マルちゃん正麺の件で思い出す。言い続けることの大切さ

マルちゃん正麺のCMに「様々なご意見」が寄せられたとのこと、何が問題なのか分からなかったのですが、やっとこさ分かってきまして、ついでに思い出したことがあるのでお話ししたい。

 

 

マルちゃん正麺のPR漫画の小火について、昼間に使った皿を昼間どころか夜にも洗わなくても良い - 斗比主閲子の姑日記

家事への要求が高すぎるとの分析。同意。

2020/11/16 19:55

本丸の議論については斗比主さまのブログにほぼ書いてありましたのでブックマークコメントを共有いたします。

 

さてはて、私が上記に添えて言いたいこと、というか思い出したこと。

製造業の知財部で働いていた時のこと(イイダさん *1 の部下だったときでもあります)、親会社の人が折に触れて子会社である勤め先に来て講演をしていた。都度都度「風土改革」「風土改革」と「風土改革の重要性」「風土を変えようというモチベーションの大切さ」を説いて帰るので、私もう結構頑張ってるんですけど、と思いながら講演時の質疑応答タイムにマイクをお借りして聞いた。

「風土改革、風土改革、とおっしゃいますけど、何度も何度も言わなきゃいけないほどに親会社の方は風土が変わらないんですか?」

入社8か月で本社の社長によく言ったもんだった。入社以来、モヤモヤしながらやっていたお茶出しもなくなった。女子だからとなぜか押し付けられていた備品管理もしなくなった。もう自分の中で改革は済んでいた。

 

返答もよく覚えている。

「風土改革って家の掃除と一緒なんですね。ちょっと気が緩むとすぐに風通しが悪くなってホコリがたまる。だから毎日でも言わないと、部屋の空気が少しでも澱んだら、風土なんて変わりませんから」

 

なるほどこの社長は自分で自分の家の掃除をするタイプの経営者だな、と思ったとかいう話しではなくて、しつこく何度でも何度でも言わないと、変わらざるものがあるんだ、と気づかせてもらった、という話しです。

 

どんなに高い学歴を得ても、素晴らしい業績を得ても、その功績をもたらしたやり方が永続的であることは少ない、ていうか、ない。30年前の成功メソッドが今の時代に効果するわけはない。過去の事例から学び取れることはあっても、過去の事例の解決策をそのまま今の問題に充てられるわけもない。

温故知新。

歴史を学ぶ意味。古きことから今を考えること、考えを止めないことの大事さ。

 

そんなこんな、ほんの5分の質疑応答でも、アラサー労働者のマインドは変わった。家の掃除と同じく、環境を整える小さな努力を続けること、それを続けることが如何に大切なことか。ダイナミックに動くためにも、そういう地味な努力が重要なんだと。

 

それから早や10年経って、今となっては家事労働と育児と少しの仕事と、そして主にツイッターの炎上を眺めながらブログを書いて自分の思いを発信しているわけで、それでも当時学んだことは暮らしに活かせている。言い続けなけりゃいけないんだ、と。

 

今回のマルちゃん正麺の話題については、

「家事は楽していいんだよ」

「袋ラーメンは子どもも大好きだよ」

「袋ラーメンも棒ラーメンもどんぶり一杯だけで洗い物レス調理ができるよ」

そこらへんの発信がまだまだだった、という反省を含めて観ている。

そういうわけで改めて発信する。

 

 

私も私で、ワーママかくあるべしという自分で編んだ縄に自分が縛られて辛い思いをした経験がある。でも今はもうそういう苦しい思いもない。「かくあるべし」がだんだんと解けていって、うちはこれでいいや、の境地に至ったから。

 

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既存のフレームワークを外したら「これでいいんだ」と楽になることがある。または、人と話して「それでいいんだ」とフレームワークが変わることもある。そういう少しのチェンジで、たいていの悩み事は解決するように思う。

そうやって自分が楽になることは、周りの人をも楽にすると確信している。

 

多様性の時代、たぶんどこそこで喧嘩は絶えないと思う。

けどもせめて、自分と自分のフォロワーさんたちくらいには「これでいいんだ」の声が届きますように。

 

 

*1:イイダさんのことはこちら:

 

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