私の/夜中の考えごと

働き方や子どもとの暮らし:夜中に考えていることを書いています

子どもが「家出したい」とつぶやくことのない未来が欲しい

SNSを介した誘拐事件(と言っていいのか)が相次ぐ世間を見ていて思ったこと

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私の考え

私が思うには、以下。

SNSは使い方

学齢期はとっくに過ぎ去り、特定のコミュニティを持たない今、仕事のつながりや趣味のつながりもTwitterで得ている。夜中の育児のぶらぶらだらだらをオンラインミーティングツールを使って顔を合わせて話をするフォロワーさんもいる。そしてそれから犯罪に発展したことはないから、SNSは使い方の問題である、というのが私の持論。

子どもが家に絶対的な安心感を持つにはどうしたらいいのか

子どもが家に安心感を持てば、つまりは家族から尊重され、家族に愛され、自分自身も家族を愛していたら、SNSみたいな開けたところで「家出したい」と世界に向けてつぶやく子どももいないんじゃないだろうか。

でもそれは難しい、とも思う。

親は子を愛することを選択できるけど、家族を愛せ、尊重しろと子どもに強制することはできないから。

子どもに強制できない

子どもにも彼ら彼女らなりの自我や価値観はあるわけで、親との相性が良くない子どももいるのは認識の上で、彼ら彼女らの思いを尊重し角に阻害、制限しないのも親の務めなわけで、そこを無理やりに強制しようとしたら歪む。

そうやって生じた歪みからはポジティブなものは生まれないだろう。

じゃあどうすればいいんだろう。

私が思うのは「親の余裕」

 

大人に余裕がないと

親も親とて、生物学的に親になったからといってすぐに聖人君子のほほえみを身に着けられるわけでもなく、日々が修行。子どもの自然発生的なわがままだったり暴力的なものに暴力で抑え込んだりすることなく、優しく受け止めるには、大人が余裕をもっていないとできない。だからこれは家庭環境を作る側である大人の問題なんじゃないかな、と。

 

私も親としての成長の途中なので、この考え方が正しいかどうか、いろんな人に意見を聞きたいと思っている。そして親のみんなで考えたい。考えて、日々の家庭生活がよくなるように、子どもを満たせるように、努力していきたい。

そして、子どもが「家出したい」とつぶやくことのない未来が欲しい。

 

そういうことを、夜中に考えていました。