夜中の考え事

たいていの悩み事は夜の空気に答えを見つけるものでして

働く母の転職譚

このお話しは、りっすんブログコンテストに乗じて、私の経験した「迷い」と「決断」のストーリーを書くものです。

 

私の人生における「迷い」と「決断」は、やはり特許技術者の仕事を辞めたことになる。

大学院を卒業して以来、特許技術者、ひいては弁理士になることを夢見て、知財関係の仕事から離れなかった。日々世の中に生み出される発明や技術を守りたい、発明者さんのお役に立ちたい、それが情熱だった。

仕事と並行してプライベートも結婚や転職で時間が経っていく。そのうち子どもも出来た。描く未来は「夫と協力しあってバリバリ働くお母さん」。

大きくなったお腹で通勤電車に乗りながらも、これからも仕事を頑張るんだ、と仕事の未来を考えていた。それが当時は楽しかった。そんな自分が好きだった。

 

結局、私の思った未来は、雑誌の中の理想像から出てくることはなく、我が身のものとはならなかった。理由は色々ある。

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様々な「迷い」があった。

仕事が好き、とにかく続けたい、それは大前提の話し。

しかし、保活に挫かれつつもなんとか復職して、いざ仕事に取り組むとなると物理的に時間は足りないし、上司の指導も厳しくなる一方だし、仕事から逃げるなと言われましても子どもが待っていますので、親に来てもらえと言われましても往復旅費はどこから、 延長保育も使えるでしょと言われましても保育料は、子ども連れて仕事したらと言われましても満員電車に乗せてこれませんし、

積み上がるファイルの山に加えて、言われましても出来ません、も積み重ねられ、疲弊する一方だった。どうしたら良いのか、先輩たちに聞いても「3時に起きて仕事したらいいよ」(雑誌で見た鉄のワーママだな)、「辛くてもそれがお金になるって思えば頑張れるって」(時短勤務で給与カットされてますが、そうですねそうですか)

どんどんと仕事から心が離れていく自分がいた。いや、仕事自体は好き。就労環境が好きになれなくなってきた。「仕事が好き」という感情がフェードアウトしていくことが悲しかった。

 

逆に私は何が好きなのか?何を大事にしたいのか?悩む。

 

仕事から心が離れていく悲しさを埋めたのは、やはり家族だった。

私は、子どもと歩く時間が好きになった。

ヨチヨチ歩く子どもの目に入るもの、こんなところに花が咲いている。ただの石ころに見えるけど、子どもにとっては宝物。柔らかい髪の毛を持っていこうとする風。夕焼け空を映した瞳。

全部が全部、愛おしい。

 

そしてもう一人の家族、夫。私は彼の激務を見守るしかない、ということにも気づく。

夫の時間を潰して私が稼いでくる収入より、私の時間を潰して夫が稼いでくる収入のほうが高い、、私が仕事を抑えるほうが「合理的」だった。悔しいけど。

男女間の賃金の不均衡は存在するし、それに私は抗うことが出来ない。

そして男なら稼いで当たり前みたいな空気に飲まれているのもある。それに夫は抗うことが出来ない。彼はキャリアを降りられない。

もう私達夫婦は、いろんなものに縛られて、身動きが取れないね。

 

うん、もう抗うことをやめよう。

けれども、悪あがきをひとつだけする。今の職場は離れない。大丈夫、うまくいくよう根回しはしてる。

 

なくなってしまった「仕事が好き」の感情を埋めた「家族が好き」の思いに背を押されて、もう頑張らない。異動の希望を出すことを決断した。

 

「頑張らない」を決断した効果はてきめんで、新しい上司のもとで仕事はやりがいのあるものを、定時で上がれるように効率化を極め、適度に分配して進められるし、適時のリモートワーク権限も付与され働きやすい環境を得た。

なお、新しい上司には異動の希望を出す前から、常々相談していた。今の部署がしんどいこと、自分の得意をそちらの部門で活かせないか、ということ。少しの根回しだったけど、結果として功を奏した。

早くお迎えに行けるようになって子どもも満足しているし、夫もしっかり仕事に取り組める。睡眠もしっかり取れるし健康を取り戻した。そのうち、もう一人の家族が私の中で育ち始めた。

 

結局その職場も離れることにはなったのだけど、迷いに迷い、悩みに悩み、決断をしたこのエピソードから学ぶことはあった。

マタハラパワハラからはサッサと逃げることと、普段から味方を作っておくこと。

いろんなことが落ち着いて、今も楽しく仕事をして、育児をして、家事をしている。

毎日が緩やかに進んでいく。

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バリキャリになりたかった自分に花を手向ける。

「頑張ったね、またいつか」