夜中の考え事

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#九州で女性として生きること 善意の魔女がかけた呪いを思う

明日から九州の実家に居候いたします。心して #九州で女性として生きること に立ち向かうのです。

呪いへの気づき

夫とは学部は違えど大学の同期でして、お互い現役合格ゆえ同い年ですが、私は夫を「さん付け」で呼びます。あちらは呼び捨て。

さん付け前は「くん」を敬称にしていたと記憶しておりますが、これは結婚を意識しない頃のこと。いつそうなったかと言えば、実家に夫を紹介したときでした。

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実母より「夫になる人のことは〇〇さんって呼ぶんですよ」とメールを受信。

その頃は昨今叫ばれる男女の不平等に意識が向いておりませんで、母の厳命を守ってさん付けで呼び始めたのでした。

 

去年姉も結婚し、お相手は小学校の同級生で昔は苗字に「ぺ」をつけて呼んでいたと記憶しておりますが、改めて聞くと「△△さん」と呼ぶようになっておりました。

 

姉妹二人して同い年の配偶者に敬称をつけて呼んでおり、これはまた九州の風景に馴染むものとなっています。

 

これは呪いなんだ

しかし私が日常を暮らすところでこれは珍しいらしく「奥さん年下だっけ?」「いや同学年」とメンズで話しているのを聞くのもしばしば。

夫の同期の妻さんたちはご自分の配偶者をさん付けでは呼んでいませんし、何より京阪神のご出身の義兄の妻さんは義兄をくん付けで呼んでいます。

そうか、これ、#九州で女性として生きること の、呪いなんだ。

 

善意の魔女

私に呪いをかけたのは母でした。

しかし母は、自分が魔女だとは思っていません。

彼女を魔女にしているのは私自身です。

 

母の人生

母は四人兄弟の長女で、上に兄一人、下に弟が二人、祖父は国鉄職員で祖母は専業主婦、典型的で標準的な九州の家庭に育ちました。

「男の子は上座におってね、女は食事の場所にも上がれんとよ」「おひつに残った米つぶをお茶でひたして食べるのが自分の食事」「美容師になりたかったけどおじさんに止められた」

…男尊女卑エピソードに事欠きません。

それでも地元大の教育学部を出て新体操のサークル活動も楽しみ、隣で練習していた体操部の男子部員であった父と恋愛をします。離島勤務のタイミングが合ったので「官舎が一つで済むように」結婚したのだそうです(諸説あります)。

 

母の教えとその所以

推論ではありますが、母が私と姉に「男性より一歩引きなさい」と教えたのは「その方が生きていきやすい」ゆえだと思います。母も私くらいの年齢のときは、男性と張り合うことも出来たでしょう。教養もあるし頭の回転も早い母です。

だけど、全ては挫かれてきたのでしょう。

挫かれに挫かれた自分の人生の学びから、次世代を生きる私達姉妹に「その方が生きていきやすい」と処世術を伝え、私達の人生に出来る限り挫かれる場面のないようにと願っているのだと、そう思うのです。

 

気づいてしまった私たち

「自分に呪いをかけないで」はドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(2016 TBS)での名セリフで、女性である私が様々の呪いにかけられていると気づくきっかけとなったものでした。

美しさ、若さで女性同士が競い合うことを、男尊女卑を、為政者からの抑圧を、性的搾取を、ジェンダーロールを受け入れ、受け止め、受け流し、何てことないと笑い飛ばしてこそ一流の女だとされること、その全て呪いだと分かった。

私自身にとっても、自分の好きなもの、好きなことを大事にしていきまーーーすと開き直る契機になったものです。

 

私の役目

呪いの本質に気づいてしまった私ですが、我が身にかかる解けない呪いはそのまま受け入れて、次の世代を新たに呪わないことこそ、私の役目であると考えます。

姉妹の妹に生まれて私がまた姉妹を育てる状況にあって、「女の子らしくね」や「お姉ちゃんなんだから」「妹なんだから」と本人たちが選び得ない性別や生まれの順番を理由にして彼女たちの人生を呪わないことを、ここに決意します。

「その方が生きていきやすい」からと処世術を施すことはしません。

私達が知り得ない時代を生きる彼女たちに教えられることなど、そう多くはありません。彼女たちは彼女たちなりの処世術を身につけるでしょう。

 

私は娘たちを呪わない。

 

改めて思う母の気持ち

育児が始まって3年半になりました。ねんねしていた子が寝返りをうち、そのうちはいはいしだし、家中のものに触れて、外の空気を吸い、公園の遊具で遊び、時には「あぶない!!」と思うこともたくさん。

けがをするよ、痛い目に遭うよ、その全ては我が子に一つの怪我もさせたくないが故です。

しかし、色々とトライアンドエラーを繰り返し、ときには痛い目に遭わないと、身体の動かし方のひとつも学べないことも事実。

私も母と同じように、この社会に挫かれて、悔しい思いも少なからず味わいました。「こうしたらいいのに」と処世術のひとつも教えてあげたくなります。だけども自分にかけられた呪いを知った今、それをしたら私も、彼女たちにとって魔女となるのです。

いや、思い慕う実母を魔女と捉える私自身も、娘たちや他の誰かにとって、すでに魔女なのでしょう。

 

呪いは我が身で断ち切る

呪いを再生産しないということは、我が身で受けた呪いを断ち切るということです。人生の中で受けた恨みつらみを我が身で完結させることは、いかな成熟した大人でも難しいことでしょう。しかし、困難に立ち向かうことも人生です。

自分の問題は自分で片付けること。娘たちに自分の人生を投影させないことと、継承させないこと。

 

今日お話したことはこんな感じ;

 

これだけ言語化された思考や家族の機微のエピソードが溢れる今において、自分一人が思い悩むことでもないと安堵はありつつ、育児とは、人生とはこうも難しいものかと嘆息するのみです。