夜中の考え事

たいていの悩み事は夜の空気に答えを見つけるものでして

自分がバッファ・緩衝域であり続けることのしんどさ

タイトルまま、しんどさあり。言語化して処理しないといけないレベルに達しました。夜中の考え事のお供はプレミアムモルツ。

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第二子出産、産前産後の人員調整、義母実母の食事の手配、ドゥーラさん、チャイルドマインダーさん、家事、夏の帰省、夫海外出張連発、秋の実家居候生活、姉挙式披露宴、台風に追いまくられての福岡空港発羽田行き

 

秋の冷え込みも相まって、どっと疲れました。

 

夫とLINEしていてほんのワンフレーズにカチンときて長文で殴打しあう不毛な時間がありまして。アンガーマネジメントの入門の入門に「怒りの感情は水と一緒。低いほう、つまりは弱いものに向かう」とあります。案の定子どものいつものわがままを受け入れる余力もなく、あ~これ私怒ってるわ、と自覚しつつも感情のコップがみちみちだったときでした。

 

何にイライラしているのか、と洗濯物を干す動作をしながら淡々と考えてみましたが、どうにも家族の全員に対して私自身がバッファになっているためではないか、と考えいたりました。

 

その1。各所への調整

3歳長女の保育園の送迎に関しても、今は保育短時間認定ゆえ8:30以降の登園を要請されているところに、夫が送りはやると言うものの8時半は遅いということで8時以降8時半までの延長保育料金を払いつつ、「明日は無理」「この日は無理」「この日無理だっていったけど大丈夫になった」など、変更があまりに多く、保育園には1週間の予定を伝達していて自分も二児を連れての登園をする用意ができているのにぐちゃぐちゃにされる。

「すみません、この日は8時半以降と連絡しましたが8時以降8時半以前でも大丈夫でしょうか」

この一本の電話にどれだけのストレスがあるか、主たる担当をし、子どもからは「きょうだれとほいくえんいくの?」と聞かれ、保育園からは「職員配置の都合もありますのでご連絡を頂けるようにお願いします」と都度都度言われる立場でないとわからないことです。


一事が万事こうで、都度都度各所へ負担が軽くなるように週初めにメモにまとめて連絡帳に貼り(登園予定メモボードに貼り付けていただけるように)、こちらの記録としてスマホで写真を撮って家族で共有するなどの工夫をしていても、「その立場にならないとわからないこと」が伝わらない限りはその工夫の意図や真意が理解されずに動線が混乱するばかりであることを学びました。

かといって変更の主体たる夫がこの調整役を担って、関係先との調整にかかるストレスを実感することは、私が急病や事故で身動きが取れない状況が発生しない限り起こらないわけで、伝えても伝えても重要事項に落とし込まれないのです。

伝えるにもエネルギーがいるのに落とし込まれない徒労感。

いっそのこと怪我でも病気でもしたいと思ってしまうほどに疲労。

 

その2。子どもの気持ちを受け止め続けること

子どもの気持ちを受け止め続けることもしんどい。

「おとうさんは?」

「お仕事で遅くなるって」

「おとうさんとオフロはいりたかった…」

「仕方ないよお仕事だもん。おかあさんと入ろうね」

「おとうさんとオフロ…」

 

地味に気持ちをえぐります。

 

夫の長時間労働は私にはどうしようもありません。夫の仕事は夫本人が決めることです。

それを娘に理解させることもできません。娘の認識能力が育つのを待つほかありません。

娘は直接父親に「なんでおしごとでおそくなるの?」と聞いているかもしれませんが、それは私には分かりません。結婚して娘を妊娠したときは、子どもと男親の関係性を保つのも母親の役目と聞かされたこともありますが、私自身はその二人の関係性に口を出すこともできません。二人の関係性は二人で築いていくのが順当。

こうできないこと尽くしの状況で、「おとうさんとオフロ入りたかった…」とうつむく子をたしなめ気を紛らわせ、あわよくば笑わせ、それにかかるためには私にも、エネルギーと余裕がないといけません。

その余裕はどう生み出せばよいか?

 

その3。私が肯定されていない

私自身に日々の暮らしの中でホメラレが足りず、常に「これでいいのかな???」と困惑する日々です。それが余裕のなさの一因。

そりゃ次女の育児においては、長女の育児経験から基本的なところは踏襲していけますけれど、育児なんて常にもがもな「これでいいのか???」ですもの。常なる不安。今ここにある命が明日には失われてしまうかもしれない恐怖感。

皮膚科の先生が「お母さんのケアが上手なんだね」と艶々になった子どもたちの肌を見てコメントしてくださっただけで、看護師さんもわさわさいる処置室で涙ぐんでしまうレベルに褒められてないです。

スラムダンクで言えばフッキーの私、「もっとホメてくれ…!」とプルプルしたい。

 

余裕の出し方を知ってはいます

精神の余裕は肉体の余裕から生じること多々、とにかく家事を楽にしていくことで自分の負担を軽くし、時間の余裕をねじり出し、心の余裕を取り戻すことです。

例えば「もうきょうピザ」「金曜サイゼ」「おうちピクニック」など。

余裕の出し方は様々、知ってはいます。知ってはいますがそれでも復調しないへこみもあるときはあります、、

もう今日、なにしたって無理」を力なく受け入れることしかできない日もありますよ。。

 

余談。「もっとしんどい人」を考えて心を止めること

こう何故なぜを並べていって「だからしんどいんだ」と納得がいったところで、「いや待て。世の中もっとしんどい人いるぞ。私なんかが泣きごとを言ったらいけない」と心を止めてしまいます。

止めることはブレーキを踏むこと。ブレーキを踏むにしてもギュギュっとブレーキペダルを踏みこんで、それまであった勢いを殺すエネルギーを発生させなければなりません。

実はこれもしんどさのひとつなのではないかな、とぼんやり思います。

 

 

個人の考えで直近の「ここがしんどい家事育児」をまとめてみました。

プレモル一本だけ飲んで寝ます。

 

つづきがあるよ:

 

6s-adviser.hatenadiary.jp